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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和33年(ネ)88号 判決

控訴人 戸田亀太郎

被控訴人 初見菊松

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、(一)原判決は本件二重差押え物件について民法第百九十二条の適用によつて被控訴人が所有権を取得したとしたが、甚だしい法解釈、適用の誤りである。競売手続につき同条が適用される場合は債務者即ち本件では控訴人が競売物件の所有権を有しないか又は処分権を有しない場合であつて、執行吏の差押自体が法に違反し無効である場合は、競落人がその差押を適法有効と信じたところで、公法上の差押が有効になるものではなく、民法第百九十二条を適用すべき限りでない。結果につき考えても、本件物件の競売は高村執行吏が統一して行うべく、さすれば売得金は当然訴外北国漁網撚糸株式会社に対しても配当さるべかりしものであるのに、屋木執行吏が照査手続をとらずして擅に競売手続を行つたがために、配当において右会社は除外され、被控訴人と訴外山豊漁網株式会社の両者のみに配分されてしまつているという不適な結果を招いているのであつて、許さるべきではない、(二)右二重差押え物件以外の物件については、屋木執行吏の差押は適法有効であるが、被控訴人は該物件及びその余の物件に対する競落代金を競落期日たる昭和三十二年七月十三日現金をもつて支払つていない。被控訴人は同日額面十万円の小切手を屋木執行吏に手交した如くであるが、小切手の交付をもつて代金の支払とはいえないことは、動不動産を通じる執行法上の原則である。しかして、同日屋木執行吏は左の如き条件を告知した。即ち、

一、競落は最高価競買価格を三回呼上げた後であること

一、競落物は代金と引換の上引渡をなすこと

一、最高価競買人は競売期日の終る前に代価を支払い競買物の引渡を求めるべし、若しこの条件を履行しないときは更にその物を競買に付すこと

一、最高価競買人は再度の競買に加はることができないし、且つその競落代価最初の競落代価より低いときはその不足を負担すべく、之より高いときはその剰余を請求することができないこと

しかるに、競落人たる被控訴人は期日に代金の支払をしなかつたのであるから、右第三項により競売は取消されたものである。競売調書上は「初見菊松をもつて競落人とし、競落人は競落物の代価を支払い」と記載してあるけれども、事実は代金の支払いがなかつたのであるから、被控訴人は本件物件の所有権を取得せず又その引渡をうけてもいないのである。従つて、本件物件についても、被控訴人は控訴人に対し引渡を求める権原を有しない、と述べ、被控訴代理人において、被控訴人の従前の主張に反する控訴代理人の右主張を否認する、と述べたほかは、原判決事実摘示と同一であるから、ここに之を引用する。

証拠として、被控訴代理人は甲第一、二号証を提出し、原審証人屋木勇七郎(第一、二回)、同高橋佐吉、同初見耕益の各証言、原審における被控訴本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認める、と述べ、控訴代理人は乙第一乃至第四号証を提出し、原審証人高村基雄、同戸田玲子、当審証人屋木勇七郎、同戸田繁雄の各証言、原審並びに当審における控訴本人尋問の結果、当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の成立を認め、甲第二号証は不知、と述べた。

理由

成立に争いがない甲第一号証、同乙第一、二号証、同乙第四号証、原審証人屋木勇七郎(第一、二回)、同高村基雄の各証言、原審における被控訴本人尋問の結果を綜合すれば、被控訴人の委任を受けた金沢地方裁判所所属執行吏屋木勇七郎は昭和三十二年三月十六日被控訴人の控訴人に対する七尾簡易裁判所昭和三〇年(ハ)第三〇号売掛代金請求事件判決の執行力ある正本に基き控訴人の住所において別紙目録記載の物件を差押え之を控訴人の保管に任せ、同年七月十三日控訴人の住所において之を競売に付し、同日被控訴人は之を金十万円で競落し即日右執行吏に該代金を支払い右物件の現実の引渡を受けたこと、別紙目録記載の物件中番号二、大幅掛軸一幅、番号九、書の六尺屏風一双、番号十二、ミシン機械一式、番号十六、洋服タンス一本、番号十七、三ツ重総桐タンス二本(三本中二本)、番号十八、二ツ重総桐タンス一本、番号二十一、三方桐夜具タンス一本、番号二十三、下駄箱二個を除くその余の物件については、金沢地方裁判所所属執行吏高村基雄が昭和三十年八月十八日債権者訴外金沢信用金庫の委任を受け同債権者の控訴人に対する金沢地方裁判所昭和二九年(ワ)第五一六号事件判決の執行力ある正本、債権者訴外北国漁網撚糸株式会社の委任を受け同債権者の控訴人に対する金沢地方裁判所昭和二九年(ワ)第三二五号事件判決の執行力ある正本に各基き既に差押えをしたものであることが認められる。

およそ、既に差押えた有体動産について、照査手続をすることなく、二重の差押えをなすことは、法の禁止するところであるから、第二の差押え及びその執行行為としての競売は無効であると解すべきところ、前記の認定事実によれば、屋木執行吏は既に差押えられた物件(右大幅掛軸一幅外七点を除く)について二重差押えをなしたのであるから、右第二の差押え及び競売のうち右各物件に関する部分は無効のものと言わなければならない。従つて、右競売において競売物件の競落人となつた被控訴人は、右各物件に関する限り、右競落を原因としてその所有権を取得することができない。ところで、原審証人屋木勇七郎(第一、二回)、同高村基雄の各証言、原審における被控訴本人尋問の結果を綜合すれば、高村執行吏は各差押物件につき直接差押えの表示をせずまとめて右差押物件所在の部屋の板戸に差押物件の公示書を貼つたものであるところ、屋木執行吏が別紙目録記載の物件を差押える際右執行に立会つていた控訴人の家族訴外戸田玲子より右物件は高村執行吏により相当以前差押えを受けたことがあるが、その後同執行吏より何も連絡がないから解決しているのかも知れない旨告げられたので、屋木執行吏はその差押えの調書があつたら提示して呉れるよう右玲子に告げたが、同人は之に応じなかつたので、該差押の公示書又は標目書が存在しないかと同所を些細に調査したが、当時高村執行吏が先に施した公示書は消失して存在しなかつたため、屋木執行吏は右物件には現に差押えがなされていないものと信じて前記差押をなしたこと、その後屋木執行吏は前記競売までに三回に亘り右物件競売のため控訴人方に赴いたが、控訴人及びその家族から既に高村執行吏により差押えを受けている旨の抗議を受けたことがなかつたこと、被控訴人は屋木執行吏の右差押並びに競売手続が正当なものと信じて前記競落代金の配当を受けたものであること、か認められるのであり、之にていしよくする原審証人戸田玲子の証言、原審並びに当審における控訴本人尋問の結果は措信しない。

思うに、有体動産に対し二重の差押があつて、第二の差押えにつき競売が終了した場合において、その競落人が平穏、公然、善意無過失で右有体動産の占有を取得したときは、その競落人は即時にその有体動産の上に行使する権利を取得するものと解するのを相当とするところ、被控訴人が平穏、公然、善意、無過失で右二重差押え物件の占有を取得したことは前記認定に徴して明らかであるから、被控訴人は右物件の所有権を取得したものと言わなければならない。

次ぎに、別紙目録記載の物件中右二重差押え以外のものについては、被控訴人が前記の如く競落代金を支払い之が引渡を受けることによりその所有権を取得したことは明らかである。

控訴代理人は被控訴人は右競落に際し競落代金を小切手で支払つたが、小切手の交付をもつて代金の支払とは言えない旨主張する。そして、当審証人屋木勇七郎、同戸田繁雄の各証言、当審における控訴本人尋問の結果、原審並びに当審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は本件競落代金として被控訴人振出の額面十万円の小切手を交付したことが認められる。

なるほど、競売手続においては、競落人は原則として代金を現金をもつて支払をなすことを要するものであることは、民事訴訟法第六百九十九条の規定の趣旨に徴して明らかであるから、本件競売に際し小切手の交付をもつて代金の支払に替えたことは違法な措置と言わなければならない。

しかしながら、競売手続上の右違背は競売手続中に執行の方法に関する異議によつて是正を求め得るに止まるものであつて、既に競売手続が完結した以上、競落の効力には何等の影響を及ぼすものではないと解するのを相当とするから、控訴代理人の該主張は採用することはできない。

しかるところ、控訴人が現に別紙目録記載の物件を所持していることは控訴人の認めるところであるから、被控訴人がその所有権に基き控訴人に対し之が引渡を求めるのは理由があるものと言わなければならない。

そこで、進んで被控訴人の損害賠償請求について審究するに、原判決が認容したとおり該請求を正当なものと思料するから、ここにこの点に関する原判決の説示理由を引用する。

以上の次第で、控訴人は被控訴人に対し別紙目録記載の物件を引渡し、かつ金五千円及び之に対する昭和三十二年七月十三日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 成智寿朗 山田正武 至勢忠一)

目録

番号    物件     員数

一 中古畳       八丁

二 大幅掛軸      一幅

三 六尺書の額     一面

四 画の六尺屏風    一双

五 三尺角テーブル   一個

六 六尺四枚入障子   四枚

七 唐紙        四枚

八 中古畳       六丁

九 書の六尺屏風    一双

十 中障子入板戸    六枚

十一 二ツ折衣桁     一個

十二 ミシン機械     一式

十三 硝子二枚入板戸   四枚

十四 中古畳       八丁

十五 電気蓄音機     一キ

十六 洋服タンス     一本

十七 三ツ重総桐タンス  三本

十八 二ツ重総桐タンス  一本

十九 二ツ重前桐タンス  一本

二十 帯戸        五枚

二十一 三方桐夜具タンス  一本

二十二 中古畳       六丁

二十三 下駄箱       二個

二十四 茶棚        二個

二十五 帯戸        四枚

二十六 硝子二枚入板戸   五枚

二十七 丸のテーブル    一枚

二十八 電気洗濯気     一キ

二十九 ロープ(倉庫内) 五十把

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